近年、変革の時代に求められるリーダーを育成するために、越境経験を取り入れる企業が増えています。その一つとして社会課題の現場に触れるプロボノは、参加者の多くから貴重な体験であったと語れる一方、有効性について今ひとつよく分からないという声が聞かれます。
本コラムでは、企業が越境経験を取り入れるべき背景や越境経験によって得られるベネフィット、さらにこれからの時代のリーダーについて、組織のチェンジマネジメントやリーダーシップ開発支援のプロフェッショナルであるHyperCollaboration社 代表の吉田裕美子さんに寄稿いただきました。
プロボノを通じた新しい学びの場が「今」必要なワケ
日本企業の抱える問題の背景にあるもの
日本企業の “これから” を懸念する声があちこちから聞こえてきます。
既存事業の成長が止まっている
新しいビジネスが生まれてこない
DXがなかなか進んでいかない
どれも、とても悩ましい、大きな問題です。
解決に向けて一歩を踏み出すためには、個々の問題への対策を考える前に、これらの事象に共通する背景に着目することが必要です。
これまで国内外でのシンクタンクでの業務経験や、人事・組織開発のコンサルティング会社を経営してきた経験を通じて、私自身は、次の2つの点がその共通する背景であると考えています。
1つは、これまでの「分業」という仕事の割り振り方。
もう1つが、日本人の規律を厳格に守るという気質です。
まず1点目の分業について確認してみましょう。
日本に限らず、工業化によって発展を遂げた国々は、多かれ少なかれ、分業をより高度化することで、産業を発展させてきました。企業は大きくなればなるほど、業務をどんどん細分化せざるを得ない仕事のやり方を進めてきています。
また、仕事は細分化されればされるほど、周囲の状況やそのつながりが分かりにくくなります。仕事のつながりを意識しにくいことは、人の意欲に大きく影響与えます。人は、自分の行なっていることの意味や価値を捉えられることで、意欲を喚起できるからです。
更に、現代社会は、高度に情報がつながり、その中で予測不可能なほど多様に、そして素早く変化が起きています。つまり、計画通りに物事が進むことなど皆無であると言えるのではないでしょうか。このことは、これまで成果を効果的に生み出すために求められてきたことが変化していることを示しています。
組織の中には、組織デザインに則った指示命令系統があります。成果を効果的に出すために、その指示命令系統に従って、割り振られた作業を計画どおりに完了させることが求められてきた時代が長く続きました。ところが、この指示命令系統とは異なるコミュニケーションを行わないと、計画された事柄を状況に適応させていくための「調整」が十分に行えないケースがしばしば発生しているのが現代社会です。
言い換えれば、「計画には非常に多くの不確実性が含まれているので、計画を進めながら、それぞれの担当者が調整し、より良い方向に計画を更新する必要がある」という前提で仕事をしなければならない時代になっているのです。
更に、これまでの「仕事のつながり」といえば、部門内、チーム内の上司、部下の関係性、あるいは、同じチームで共に仕事をする人たち程度だったかもしれません。これが、その範疇ではおさまらなくなっているのが今の産業界の現実と言えます。新規事業開発やDXというプロジェクトであれば、なおさらでしょう。
組織がサイロ化している問題は、ずいぶん前から言われていました。サイロ化は、前述の、部門ごとの計画と、それをきっちり守るという形で行う分業体制によって生み出されてしまうものですから、もちろん、部門長や、さらにその上位層が、このような課題に対処していくこは必要ですが、業務の最前線にいるフロントラインチームは無関係なのか・・といえば、そうではありません。
部門の計画を忠実に守り、自分の担当分だけを完了させれば良いと考えていたら、前述の「状況に応じた調整」をスピーディーに行うことができなくなってしまうからです。現状に計画を適応させるために、全ての管理監督、指示命令を、マネジャーが行うことなど、とても不可能なのですから。
ここで、2番目に挙げた問題の背景である、日本人の規律を厳格に守るという気質が、大きく影響を及ぼしています。
今必要とされる肩書きではないリーダーシップと日本人の強みの理解
今、必要とされている能力は、肩書きではないリーダーシップを発揮し、自律的に行動を起こすことで、当初の計画には盛り込むことができなかった事象を吸収し、チーム全体あるいは、それより更に広い範囲での連携や対話を行いながら、意思決定していく力と言えるでしょう。
つまり、自分の上長に事前に確認して慎重に進めていくべきことと、まずは自ら動き、後から報告すれば良いことの区別をつけながら、必要なコミュニケーションと計画のアップデートを行う能力とスキルを開発していくことが求められています。
もちろん、それを許容する組織文化や権限移譲といったものも必要になりますが、ここで、日本人の強みである、素直であることや、ルールを守ることが、新しいリーダーシップの発揮を阻む要素になりがちです。私もよく欧米の知人から、日本人は” discipline” であると評価する言葉を聞きます。規律を守り、自制心があるという褒め言葉として伝えられることは多いですが、権力に従順に従うことと表裏一体である部分は否めません。
日本人のこの従順さは、既存のルールからはみ出さないという方向に、人を規制する力が働きやすく、ものすごくシンプルに言うと、既存の決定事項に対して、「我慢する」力がとても強いのです。
我慢や忍耐力というのは、もちろん他者と共に働く上で必要な力ではありますが、無条件に自分の気持ちを偽ることとは違うことを認識しなければなりません。自分を偽り続けていると、自分は何が好きで、何が嫌いで、本当はどう感じているのかが、段々と分からなくなるという問題が発生するのですが、これがまさに、日本の変革に負の影響を大きく与えていると私は考えています。
それがなぜなのか、詳しく確認していきましょう。
自律的に活動を起こしていく上では、「上司から指示」ではなく、自らの意思決定や意見が必要になりますが、意志や意見というのは、自分自身の価値観と、過去に得てきた知識や知恵を用いて現状を評価した結果、言語として表すことができるものです。この「価値観」というのは非常に内面的なもので、何が好きで、何が嫌いなのか、何を美しいと思い、何を醜いと感じるのかが軸になり、表されるものと言えるでしょう。つまり、自分自身の感情が、自分の価値観を教えてくれるのです。しかし、ずっとそこに蓋をして、「我慢する」ことを続けていると、感情の認知に疎くなり、他者の(特に権威のある人の)見解が「正解」であり、それに自分を合わせることしかできなくなってしまうのです。
そして、このように自分を偽りながら過ごしていれば、だんだん自分で何かを変えるというエネルギーは失われ、変えることはあきらめていくようになっていくことは必然とも言えるでしょう。これは、変革の時代のリーダーシップには程遠い状態です。
プロボノとEQ(感情知能)、そして、自律的に考えて前に進むこと
この様な従順さや我慢する力は、これまでの教育や企業内での働き方という、環境から受けた影響により身についてしまっているため、企業に勤める方々は無自覚であることが多いものです。そして、企業内で行うリーダーシップ研修だけでは、変化を起こすことが難しいのは、学びの場の環境を大きく変えることができないため、そもそも無自覚なものは認知しにくいからです。
逆に、肩書きが通用しない、ルールも文化もメンバーも、共通言語も異なる様な、大きく異なる環境に身を置くと、自分自身が無自覚に反応しているリアクションに気づくことができます。
例えば、プロボノに参加すると、
- 役割が決められていない時に自分はどう振る舞うのか?
- 売り上げや利益が増えることが良いことではないと言われたら、何を基準に物事を判断するのか?
- 全てが未経験で予測がつかない時に、どのように計画を作り、進めようと自分は判断するのか?
- お互い日本語でコミュニケーションしているはずなのに、どこか通じ合わないところがあるとき、自分はどういった反応を示すのか?
- 上司も部下もない、完全なフラットな関係性の中で最終の意思決定をしなければならない時、自分はどんな発言をするのか?
などを経験せざるを得なくなります。このように圧倒的に異なる環境に身を置いたことで、初めて、自分自身を外側から見るように認知できるようになり、いつもの環境ではどう状況を認知し(あるいは認知せずに)リアクションしていたのか(あるいは無反応だったのか)を発見することができるのです。
その結果、我慢していたり、諦めていたり、あるいは逆に、人の我慢や諦めを強要している自分に気づくと同時に、それまでの認識が、非常に限定的な世界で成り立っているもので、全く異なる物事の捉え方、判断の仕方が可能なのだということも経験することができます。この自分を認識し、より良い方向に調整する力、他者と協働する力は、EQの能力開発領域であり、それをプロボノ活動を通じて効果的に行うことができます。
なぜ、プロボノが、現代社会に必要なリーダーシップ開発に有効かといえば、それが越境という環境を提供してくれるのみならず、「学習」が目的ではないという点だと言えます。プロボノにおいては、必ず何らかの成果を生み出す責任が生まれます。この責任を引き受ける行為無くしては、現状の自分のリーダーシップが如何なるものかを把握した上で、更に、その場で求められるパフォーマンスを発揮しようとするところまでは、とても及ばないでしょう。
慣れない環境において成果を生み出そうとすれば、チームメンバーと計画しながらも、「やろうと思ってもできないこと」が必ず発生します。このギャップから学習し、自分の何をどう変えたら、あるいは、誰の力を借りたら、なんとか形になるものを生み出せるのかを、チームで考えなければならないシーンに直面します。この時に必要になるのが、個々人の意見であり、意見を醸成する自分の価値観、そしてその背景にある感情を認知する力です。
高度成長期を経験した人たちは、「昔はおおらかで、挑戦させてもらえた」とよく言います。確かに経済が上向きだった時代は、職場内で挑戦するマインドを誰もが育むことができたのでしょう。今、この変革の時代に、チームとして挑戦し、経験から早く学習して、再び挑戦するリーダーシップが求められています。今現在、職場が昭和の時代の「おおらかさ」を取り戻すことは、すぐには難しいかもしれませんが、プロボノには、この挑戦する土俵があります。おおらかに挑戦し、偽りのない自己を取り戻すことができるのです。そして、その経験を組織に持ち帰る人が増えれば、先にあげた背景を覆し、更には、一人ひとりの仕事の意味づけ、意味の込め方も変化していくでしょう。
▶サービスグラントが主催する社会課題解決型人材育成プログラム
プロボノリーグの紹介は【こちら】よりご覧ください。
▶参考
企業人が社会セクターに越境する価値とは
~研究結果から考える個人と企業へのプロボノの効果~
<イベントレポートはこちらから>
▶参考
プログラム参加後に、本業における「協働」「主体性」「組織への愛着」が高まる傾向
2015年度「Panasonic NPOサポート プロボノ プログラム」参加者への調査からのご報告
<レポートはこちらから>
【4月20日開催】イベントのお知らせ
不確実性の高いVUCA 時代。企業においては、社会のニーズを敏感に感じ取り、課題解決力を発揮できる自立型人材が求められています。
来る4月20日、企業人による越境学習研究の第一人者である法政大学の石山恒貴氏、Twitter Japan 株式会社で日本と韓国の営業及びマーケティング組織に所属する社員向けの人材・組織開発をリードする中村佳央氏を迎え、組織の枠組みから出ることへの『恐れ』や『失敗』を乗り越える挑戦の機会「越境学習」としてのプロボノに期待される効果などについて考えます。
人材育成としてプロボノの導入に興味のある企業の人事・人材育成の担当者や、社会セクターへの越境によって起こる人の変化を知りたい方など、多くの方のご参加をお待ちしています。
1986年に(株)野村総合研究所に入社。
ITエンジニアの分野からキャリアをスタートした後、野村総合研究所ヨーロッパ(英国現地法人)、コーニング・ケーブルシステムズ、シティバンク、エヌ・エイの情報システム部門を経て、独立。
人事・組織開発コンサルティングを提供する(株)ジョイワークスを設立した後、現在のHyper-collaboration 代表に就任。
変革の時代に、自律分散型社会を構成する企業様に向けて、テクノロジーの活用を含めた経営、組織マネジメントの転換とリーダーシップ開発支援を提供している。
シックスセカンズ認定 EQアセッサー、プラクティショナー