[1000件達成記念]
イベントサマリーレポート
企業人が社会セクターに越境する価値とは
~研究結果から考える個人と企業へのプロボノの効果~
企業においては、変化が激しく不確実性の高いVUCAの時代といわれるなか、社会の変化やニーズを敏感に感じ取り、状況に適応した課題解決力を発揮できる自律型人材への需要が高まっています。そうしたなかで注目される「越境学習」は、個人のキャリアアップや自律性の向上だけでなく、企業で働く社員のモチベーションの維持・向上にも役立つなどの効果が指摘されるようになってきました。
そこで、「越境学習とプロボノ」をテーマに、社会セクターへ越境することの意義、企業組織にとってのプロボノの効果、プロボノを経験した人に起きる変化等について、研究者のお二人に研究結果を交えながらお話しいただき、レポートにまとめました。
本レポートの元となるトークイベントをオンラインでご視聴いただいた100名以上の方々からは、
「プロボノのもたらす効果がエビデンスに基づいて言語化されており、わかりやすかった」
「プロボノの現状や課題を理解できた」
などのコメントと共に、100%の満足度をいただいています。
ぜひ、その内容を以下でご覧ください。
(※本レポートの元となるトークイベントは、2021年5月12日、オンライン/Zoomによるウェビナーにて開催いたしました。)
目次
Session1 講演①
人生100年時代、「つながり」が個人と企業を強くする ―社員ボランティアをレガシーに―
リクルートワークス研究所 主任研究員
中村 天江(なかむら あきえ)さん
Session1 講演②
プロボノと「越境」における学びと本業への還元
リクルートマネジメントソリューションズ組織行動研究所 主任研究員
藤澤 理恵(ふじさわ りえ)さん
Session2 トークセッション
中村 天江さん/藤澤 理恵さん/サービスグラント代表 嵯峨 生馬
※以下に記載するデータの出典等は、記事末尾に記載しています。
Session1 研究者から見る越境経験やプロボノの意義
講演①
人生100年時代、「つながり」が個人と企業を強くする
―社員ボランティアをレガシーに―
リクルートワークス研究所 主任研究員
中村 天江(なかむら あきえ)さん
キャリアの理想は「自立」、現実は「孤立」
人生100年時代、VUCAの時代と言われる今、企業人はどう生き抜いていくか、企業はどう成果を上げていくかが問われています。そんななか、非常によく出てくるキーワードの一つが、社員の「自立」。雇用の流動化が進むなかで、主体性の高い人が求められています。でも、日本で現実に起きているのは、自立ではなく、「孤立」です。
日本・アメリカ・中国を含む5カ国で行った調査では、他の国は自ら主体的にキャリアを作っている人の割合が70%程度と高い結果が出ましたが、日本は45%くらいとあまり発達していません(※1)。その理由の一つは、日本人は家族と職場以外の人間関係が少なく、キャリアの挑戦への後押しを受けにくいからです(※2)。
実際、人とのつながりが豊かであることは人生100年時代を生きていくなかでとても大切です。人生が幸せだと感じる割合も高くなりますし、もし急に仕事を失っても新たなキャリアを築きやすいことも分かっています(※3)。そこで、家族と職場に続く、三つ目の人間関係を築くうえで、とてもポテンシャルがあるのが、「ボランティア」なのです。
越境学習を通じた能力開発
社会の役に立ちたいと考える人はこの30年で20%も増えています。ですが、実際に活動している人は増えていないのが現状で、特に参加できていないのは会社員です(※4)。
ボランティアに参加する動機は人それぞれですが、誰かに強制されるのではなく、自立的に選んでライフキャリアを実践する場となるのがボランティアです。企業にとっては、社員がそうした実践の輪のなかでさまざまな学びや新しい気づきを得ることは、能力開発の場になるでしょう。例えば、リーダーとして多様なバックグラウンドを持つ人の意見をまとめたり、曖昧な状況下でうまく対処したり、協力してくれるメンバーに権限を移譲したり。その場を良くするために率直に意見を交わし合い、信頼関係を短期で作り上げる経験は、貴重な成長の機会となるはずです(※5)。
オープンイノベーションが求められる今、こうした社外活動が本業に活きることは、多くの管理職も実感されています(※6)。
最新の調査では、今回のコロナ禍のような有事において、ボランティア習慣がある社員はボランティア習慣がない社員に比べ、困っている人に意識が向く・仕事を通じて社会のためにできることを実践する・自分から進んで同僚に声を掛ける、といった行動を起こせている割合が多いことも明らかになりました(※7)。企業が今まさに必要な人材として挙げる、イノベーティブな思考があって、ストレスフルな状況に対処でき、ダイバーシティに対しても親和性が高く、さらに社会貢献意欲も高い、といった特徴を兼ね備えていることが分かります。
ボランティアに参加しやすい「風土」づくりを
ボランティアは、個人の幸せにつながり、企業にもメリットがあり、社会にとっても有益と、三方よしが成立する活動です。希望する社員には参加機会を提供いただきたいと企業にお話をしていると、「ボランティアをしている人は仕事ができなくて暇だからでしょう」という消極的な声も少なからず聞こえてきます。しかし、2019年にある3社に対して行った調査では、どの企業でもボランティア習慣がある社員の方が自己効力感やワークエンゲージメント(就業意欲・仕事への充実感)、組織アイデンティフィケーション(帰属意識・一体化)、本業へのスピルオーバーが高い傾向にありました(※8)。「ボランティアをしている人は、むしろ仕事ができる社員だった」という結論です。
また、ボランティア活動を支援する制度そのものはあるけれども、それが職場で活用できるかという「風土」の部分に課題がある、ということもよく聞きます。上司や同僚の理解が得られない、忙し過ぎるといった状況ですね。
これからは、ボランティアに参加しやすい「風土」づくりが必要だといえるでしょう。そのためには、人事の方が孤軍奮闘するのではなく、経営からのメッセージが大切です。
ぜひ企業のみなさまには、社員個人のボランティア精神を尊重しつつ、企業としてもキャリア形成支援の一環として、ボランティア活動を積極的に推進していただきたいと思います。
講演②
プロボノと「越境」における学びと本業への還元
リクルートマネジメントソリューションズ組織行動研究所 主任研究員
藤澤 理恵(ふじさわ りえ)さん
「越境」における学びとは
私たちは常日頃、「境界」の中で生きています。知らずしらず、組織の価値や専門性に切り取られた窓から世界を見ていて、より良いやり方、在り方が世の中にはすでにあるのだけれど、切り取られた文化の窓からでは見えない、ということが往々にしてあるものです。
とはいえ、その「境界」とは物理的、客観的に示せるものではなく、異文化に対する違和感を持った時に初めて意識されるもの。越境とは「異なるコミュニティや状況間を横断するという行為や事態」と言われていて(※9)、今、人材開発の分野で注目を集めている「越境学習」は、この境界を越えるときに学びがあります。コミュニティにおける「アタリマエ」を問い直し、価値観や関心の外に出ることで、分かること・できるようになることがあるのです。
越境の学びは「ヨコ」の学びと言われています。「タテ」の学び=垂直方向の学びというのは、熟達を深めアタリマエを蓄積する学び。越境でできるのは「水平方向の学び」。自分がアタリマエと思っていたことが、実はそうではない、という気づきを得るものです。
①境界に気づく
②境界を越えて協働する
③内省し、物の⾒⽅が豊かになる
④境界線が変わり新しい文化と活動が生まれる
これが、「越境における学習の4つのプロセス」と考えられています。(※10)
プロボノと「越境」
では、実際にプロボノでは、異文化のなかでどんな学びが起こっているのでしょうか。
プロボノ参加者へのアンケートを見てみると、スキル関連で得られたこととしては、「自分のスキルや問題意識が社外で通用するのか試された」「会社や本業で表現しきれない能⼒や自分自身が活かされた」という回答のスコアが高く、対人的なところに目を向けると、「会社内や業界にはあまりいないタイプの人と協働した」「自己を開示し、本音で会話した」のスコアが高くなっています(※11)。
さらに、具体的な体験談を見ていくと、NPOの方の熱い思いに触れることで、「自分はあんなに熱く仕事のことを語っていないな」と自らを振り返る声や、「普段の仕事だと、どちらかと言うとパッションよりも理詰めで話す人のほうが多いので刺激になった」といった声が多くあります。理性的な思考に加えて、感性や共感に着目するようになるということですね。
チームとの関係性の面では、例えば、普段プロジェクトマネジメントのお仕事をされている方から、「仕事ではメンバーに指示を出して動いてもらっているけれど、プロボノでは促さなくても自発性がどんどん出てくる。一方でリーダーとして命令は封じられているという制約もまた面白い」という声もありました。プロボノでは、リーダーはポジションパワーを使わずに影響を及ぼすことが求められるからです。その方は、仕事上でも、みんな口に出さなくてもやりたいことを持っているのではないか、という視点を持つようになり、「仕事だからやってください」ではなく、「やりたいことはありますか?」と聞くようになったそうです。
ほかにも、「今までできて当たり前だと思っていたことに対して、こんなにありがとうって言ってもらえて、すごく自信になった」といった声や、「楽しい」という言葉もすごく出てきます。私もプロボノ経験者で、プロボノプロジェクトって結構大変なのですが(笑)、それでも「楽しい」というのは、集まった多様なメンバーとすぐにチームを組んで成果を出していくプロセスや、プロジェクトを楽しんで進められるようにチームをいい状態にすること自体を、貴重な学びと捉える方が非常に多いということです。
本業への還元
2016年に越境活動の経験者、約400名を対象に行った調査では、多くの人がその経験を仕事に還元したいと考えていることが分かっています。それも、自分のキャリアや専門性に限らず、会社に対してもっと貢献したいという人が多いのです。(※12)
さらに、パナソニック社で採らせていただいたデータでは、プロボノを経験した社員の方は、仕事のやり方やキャリアへの気づきがあっただけでなく、会社への愛着も高まっていることが分かりました(※13)。
また、越境活動を通じた相対化によって、①⾃⼰理解(何ができて、何に動機づけられるか)、②他者理解(どのような関係性をつくることができるか)、③⽬的理解(誰のため、何のため)を問い直すことで、仕事の範囲を広く捉えられるようになったり、社外や他部署の人にも気を配れるようになったり、自分が果たすべきことは何かを捉え直したという方も多くいらっしゃいます。
例えば、長年スペシャリストとしてやってきた凄腕のプログラマーが、プロボノのチームメンバーがお互いにカバーし合う関係性を経験したことで、マネジャーになって自分の職場をそういう組織にしていきたいと考えるようになった、という事例もあります。
このように、越境活動でさまざまな「アタリマエ」を見直すことによって、自らその先の一歩を選んで変えていけるようになる、ということが実際に起こっています。まさに「三方よし」ということが、ご理解いただけたら幸いです。
※1 リクルートワークス研究所(2014)「5カ国マネジャー調査」
※2・3 リクルートワークス研究所(2020)「5カ国リレーション調査」『マルチリレーション社会』
※4 内閣府「平成28年度市民の社会意識に関する実態調査」/総務省統計局「社会生活基本調査」
※5 石山恒貴(2018)「越境的学習のメカニズム ―実践共同体を往還しキャリア構築するナレッジ・ブローカーの実像―」
※6 リクルートマネジメントソリューションズ(2018)「RMS Message 51」『「上司の社外活動に関する意識調査(『ボス充』意識調査)」
※7 日本財団ボランティアサポートセンター(2021)「東京2020オリンピック・パラリンピックにおける社員ボランティア中間調査」
※8 日本財団ボランティアサポートセンター(2019)「東京2020オリンピック・パラリンピックにおける社員ボランティア大会前調査」
※9 香川秀太・青山征彦(編) (2015)『越境する対話と学び: 異質な人・組織・コミュニティをつなぐ』新曜社
※10 Akkerman, S. F., & Bakker, A. (2011). Boundary crossing and boundary objects. Review of educational research, 81(2), 132-169.をもとに藤澤氏作成
※11 リクルートマネジメントソリューションズ組織行動研究所(2014)「プロボノワーカーへのアンケート調査」
※12 同(2016)「401名の経験者の声を聞く、越境活動実態調査」
※13 同(2015)「『Panasonic NPOサポート プロボノ プログラム』参加者への調査」
Session2 トークセッション
Session2では、中村さん、藤澤さんのおふたりに、サービスグラント代表の嵯峨も加わり、サービスグラントのプロボノの現場でのストーリーと共に、参加者からの質問にも触れながら、あらためて意見が交わされました。
参加者からの質問、「プロボノ経験者の中には、素晴らしい経験だったという人がいる一方で、『もうこりごりだ』という人もいるが…」に対しては、「異文化やメンバー間の熱量の差を乗り越えようと努力できる人とできない人がいるのが現実。学びには差が出る(藤澤さん)」「(プロボノでは)失敗経験を積んできてもらうことも価値と明言している企業もある(中村さん)」という回答も。また、「外の世界を見たら会社を辞めてしまうのでは?」というよくあるテーマについて、実は自社への愛着を高める結果が示された話題などで盛り上がりました。
ぜひイベント動画もあわせてご覧ください。