近年、人的資本の開示が国際的な流れとなっており、米国においては、2020年8月に上場企業に対して人的資本の開示を義務化する規制が追加され、2020年11月より順次、企業の人的資本の開示が始まっています。日本でも2023年度に人的資本に関する一部の情報を有価証券報告書に記載することを義務付ける方針を金融庁が示しています。
それに先立ち経済産業省から2020年5月に 「人材版伊藤レポート」、2022年にはより実践的な「人材版伊藤レポート2.0」(人的資本経営の実現に向けた検討会)が公表されたことで、「人的資本経営」の重要性はより一層高まりを見せています。
人材はこれまで、モノ、金、情報などと同様、人的資源(Human Resources)、すなわち費用として扱われてきましたが、レポートでは人材は個人が持つ能力・才能・技能資格・資質などを人的資本(Human Capital)として価値を生み出すことができる資本(非財務資本)として捉えるべきとしています。
人的資本経営の実現に向けた検討会報告書~ 人材版伊藤レポート2.0~(PDF)
実際、多くの企業経営者が「VUCAの時代」の到来により、従来型の発想と手法では持続的な企業成長を実現させることが難しいと実感しています。また、労働人口の減少に伴って自社に合った人材の新規採用がより困難となる見通しが、人材の成長への投資を不可欠だ、とする人的資本経営への注目につながっていると考えられます。
経済産業省は『人的資本経営とは、人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方』と定義しています。
本コラムでは、伊藤レポートにある人的資本経営における変革の方向性を推進するエンジンとなる従業員のキャリアデザインについて、プロボノ越境体験から得られる学びをお伝えします。
目次
伊藤レポートの5つの共通要素を実践する越境体験
視点1:経営戦略と人材戦略の連動
視点2:AsIs―ToBeギャップの定量把握
視点3:企業文化への定着
要素1:動的な人材ポートフォリオ
要素2:知・経験のD&I(ダイバーシティ&インクルージョン)
要素3:リスキル・学び直し(デジタル、創造性等)
要素4:従業員エンゲージメント
要素5:時間や場所にとらわれない働き方
人的資本経営への変革の方向性とプロボノ越境体験の関連性
伊藤氏は人的資本価値の最大化について、以下のように言及しています。(p.3:人材版伊藤レポート2.0の策定に寄せて)
人的資本の価値の最大化には、従来の雇用慣行やパラダイムから脱却することが求められる。個人も主体的に、そして自律的に変わり、会社も従業員一人ひとりと丁寧に向き合い、多様性を大事にし、更に高めるための支援や施策を推し進めていただきたい。そうしてこそ個人と組織が互いに選び選ばれる関係が構築できる。
さらにレポートでは、この人的資本経営の実現に向けた、変革の方向性(p.7:図表1:変革の方向性)も指し示していますが、サービスグラントが取り組むプロボノプロジェクトのフレームワークと数多くの重なりが見えてきました。
プロボノが、人的資本経営の実現に不可欠な従業員の成長につながることを多くの人に知っていただき、企業価値向上への取り組みのお役に立ちたいと考えています。
変革の方向性(伊藤レポートより) | プロボノプロジェクトのフレームワーク |
● 個と組織の関係性: 個の自律・活性化→互いに選び合い、共に成長。多様な経験を取り込み、イノベーションにつなげる。 ● 雇用コミュニティ: 選び・選ばれる関係→専門性を土台にした多様でオープンなコミュニティ |
● 社会課題解決に取り組む非営利組織のリアルな課題を自分事として捉える ● 初めて顔を合わせた異業種のメンバーで、互いの強みを活かして、チームの成果に拘る ● それぞれの専門性を活かし真の課題を見つけ、組織の変革を促す成果を出すために邁進する |
プロボノという言葉を初めて耳にする人もいるかもしれません。一旦ここでプロボノについて少し触れておきます。
プロボノとは、職業上持っている知識やスキルを無償提供して社会貢献するボランティア活動です。サービスグラントはプロボノプロジェクトのコーディネーターとして2005年より活動を開始し、これまでに1,200件を超えるチーム型でのプロボノプロジェクトを実施、5,000人を超える社会人がプロジェクトに参加しています。
サービスグラントのプロボノの特徴である “異なる専門性を持つ社会人でチームを組み、それぞれの得意を活かして役割を分担するプロジェクト型支援”は、団体発足当時は新しい働き方として関心を集めていましたが、最近は「異業種交流」「越境体験」というキーワードで新たに注目を浴びています。
異業種交流で得られる、個人の主体的、自律的な変化
伊藤氏は従来の雇用慣行やパラダイムから脱却するためには、「個人も主体的、自律的な変化が必要」と言及していますが、プロボノに参加した人(プロボノワーカー)の一部にはそれを示すような特徴が見られます。
サービスグラントのプロボノプロジェクトには、多くの社会人が参加しています。その中でも際立った活躍をした人には共通する行動特性やマインドスタンスが見て取れます。
● 越境先の支援団体の課題を自分事化して捉え考えることができる。
● 普段と異なる知識や価値観に触れ、最善を自ら選択する。
● チームの中での役割を自ら見出し、仲間と協調して価値を創出する。
サービスグラントが提供するプロボノでは、何か新しい知識を教えるということはありません。「異業種交流」「越境体験」に身を投じることで、自分への気づきを得て、もともと持っているこれらの素養を開花させ、その後のキャリアに活かしています。
例えば、プロボノプロジェクト参加後、所属企業で新たなビジネスを立ち上げたり、独立したり、非営利組織の理事に就任したりと、自律型人材の在り方を多様なかたちで体現している人がいます。
事例:『会社と社外の良い循環。新たなプロボノ活動の立ち上げのエネルギーに』
すなわち「個人の主体的、自律的な変化」を引き起こすには、プロボノという、会社では経験できない現場(社会課題解決)を体験し、さまざまな気づきを得ることが有効である、と言えます。
このように、プロボノは、人的資本経営の実現に不可欠な従業員の成長につながるということを多くの方に知っていただき、企業価値向上への取り組みの一助としていただきたいと考えています。
サービスグラントが提供する研修プログラム『プロボノリーグ』の参加後アンケートからのリアルな声をいくつかご紹介します。
普段の業務とは畑違いの課題を解決するために様々な業種の方と1カ月以上にわたり活動していくことで、多様な価値観を受け入れることができた。会社の利益とは別にどうにか社会課題を解決したいという心の変化も生まれ、純粋なモチベーションも上げることができ、とてもいい経験になった。
(30代男性)
活動を共にした仲間からのフィードバックが効果的で、本人では気づけないことを伝えてもらうことで振り返りの学びになった。次につなげる行動を起こすことの大切さを学び、自分としてはこのようなPDCAを回す経験をすることで、さらなる成長に繋げることができ、非常によかった。
(40代女性)
課題解決するための業務内容・働き方などの点で支援先NPOや同じチームメンバーから大きな影響を受けた。周囲に合わせ場合によっては自分自身が変化しなければ成果を出すことが出来ない、活動に対応できないという体験は、とても刺激的だった。
(30代男性)
伊藤レポートの5つの共通要素を実践する越境体験
伊藤レポートでは人的資本経営の実現に向けて人材戦略を高度化する必要があるとしています。経営陣が主導して策定・実行する経営戦略と連動した人材戦略について、3つの視点(Perspectives)と5つの共通要素(Common Factors)を具体的に示しています。(p.9:図表3:人材戦略に求められる3つの視点・5つの共通要素)
■ 視点1:経営戦略と人材戦略の連動
■ 視点2:AsIs―ToBeギャップの定量把握
■ 視点3:企業文化への定着
● 要素1:動的な人材ポートフォリオ
● 要素2:知・経験のD&I(ダイバーシティ&インクルージョン)
● 要素3:リスキル・学び直し(デジタル、創造性等)
● 要素4:従業員エンゲージメント
● 要素5:時間や場所にとらわれない働き方
ここで示されている要素の多くは、サービスグラントが提供する「異業種交流」「越境体験」のプロボノプログラムのなかで、会社では経験できない現場(社会課題解決)を体験しながら気づき、考え方の変化や学びを得るよう促されていきます。
● 要素1:動的な人材ポートフォリオ
人的資本経営では、従業員一人ひとりのスキルや経験はもちろんのこと、多様な個人が活躍するための人材ポートフォリオが必要不可欠で、特にキャリアデザインは個々人の価値観を大切にして作成する必要あります。
これまで企業は個人を囲い込み、個人もそれに依存する体質でした。そのような状況では硬直的な文化になり個人の価値観も埋没し、イノベーションは生まれません。キャリアパスについても、企業が従業員にキャリアパスを準備するのではなく、従業員自らがキャリアパスを構築、すなわちキャリアデザインしなければいけません。
そのためにはます従業員自身が自分のことを正しく理解する力、自己認識力を高める必要があります。自己認識力には“内面的なもの”と“外面的なもの”の2つがあり、前者は、自分がどう思っているか理解すること。後者は、他人から自分がどう見られているか理解することを指します。その両側面のバランスが取れている状態が「自己認識力が高い状態」と言えます。
たとえば、自分ではある特定のスキルを持っていると自負していても、外からはそのスキルが不足していると評価されていることもありますし、また、その逆もあるわけです。このように自己認識力が低い状態にあると、キャリアや仕事において自分の強みや弱みを理解することができません。それだけではなく、自分にとって何がやりたいことなのか、何が課題なのかも分からないため、自信を失いがちになってしまいます。
サービスグラントが提供する研修プログラム『プロボノリーグ』では個々人の価値観を言語化し、自己認識と他者評価を繰り返すカリキュラムで、新たな自己概念への気づきを与えることができます。
事例:『会社のロールモデルに縛られない、私らしさを発揮する経験』
● 要素2:知・経験のD&I(ダイバーシティ&インクルージョン)
伊藤レポートでは要素2:知・経験のD&Iについて以下のように言及しています。
中長期的な企業価値向上のためには、非連続的なイノベーションを生み出すことが重要であり、その原動力となるのは、多様な個人の掛け合わせである。このため専門性や経験、感性、価値観といった知と経験のダイバーシティを積極的に取り込むことが必要となる。
多くの企業はこれまでダイバーシティの考え方は、性別、たとえば女性の比率や管理職比率、年齢や国籍などの採用や登用の状況として対外的に公開してきました。しかし、人的資本に投資をして、企業として価値を創造していくためには、そうした属性区分よりも従業員一人一人の「知・経験」―専門性や経験、感性、価値観などに目を向け、それらを活かすための投資をし、戦略と結びつけていくことが重要とされています。
サービスグラントが提供するプロボノは、“異なる専門性を持つ社会人でチームを組み、それぞれの得意を活かして役割を分担するプロジェクト型支援”であることを特徴としています。プロボノに参加した社会人からは以下のようコメントが寄せられています。
事例:『背景が違う人たちが同じ目的を持つと、今までになかった価値が生まれる』
チーム内で個々人の強みや特性を「活かす」ことは、同質性の中で活動を続けていると見出しにくい傾向にあります。プロボノでは、参加者一人一人が「私に何ができるのか」が究極に問われます。言い換えると「私でないとできないこと」が明確になっていきます。
企業に戻った時に、自分もこの同質性の中の一人として振る舞い続けるのではなく、自分だからこその特徴について自覚的になり、それを発揮できるようになります。
市場のグローバル化、顧客ニーズの多様化、少子高齢化などさまざまな社会課題を抱える環境を乗り切るには、個人の信念や価値観、ライフスタイルなど、目に見えづらい多様性を許容、受容することが求められます。
プロボノに参加するメンバーは、一人ひとりの違いを認め合い、個々の能力を100%活かし切る、正に「インクルージョン」を実現していると考えられます。
● 要素3:リスキル・学び直し(デジタル、創造性等)
伊藤レポートでは要素3:リスキル・学び直しについて、5つのテーマが設けられています。このリスキル・学び直しを実践する上で大切なのは、従業員が自分の将来を見据えて自律的にキャリアデザインすることです。
「自律的なキャリアデザイン」とは、従業員がどのようなキャリアを描きたいのか、どのようなスキルを身に付けたいのかを個人任せにすることではありません。むしろ、企業が積極的に支援することで、個人のキャリアビジョン(人生や仕事において、こうありたいと思い描く自分自身の姿)の実現と企業へのエンゲージメントの向上が両輪で回ると言えます。その手始めとして、本人の描く将来像とそのために必要なスキルや経験について対話し、共に言語化していくことが必要です。
『プロボノリーグ』での越境体験は、キャリアの転換点において、従業員にとっても企業にとっても、キャリアに関する対話の良い機会を提供します。異なる環境における学びの機会を前に、自分のキャリア観と必要な学びを棚卸し、上司や企業の人事部門などと対話するチャンスを生み出すことができるからです。
また、プロボノリーグにおいては、活動を共にするチームの中で主体的に役割を獲得する必要性が生まれます。その結果、自分の所属企業内では見えにくい、周囲から期待されている役割や自分の強み、存在意義がわかりやすくなります。更に、様々な社会課題に触れることで、所属企業の社会的役割についても視野を広げることにつながるでしょう。
このような体験の振り返りと、『プロボノリーグ』で提供している、参加者の自己認識、他者評価の結果レポートを統合し、従業員と上司や企業内の関係者とのキャリアに関する対話に活用することをお勧めします。
また、キャリア構築に必要なスキルを従業員が能動的、継続的に獲得、向上していくためには、ラーニングストラテジー(戦略的学習力)という能力の開発が必要と言われています。
サービスグラントでは、ラーニング・ストラテジー・マップを活用したキャリアビジョン実現に向けた主体的、能動的な学習計画の立案支援サービスを人材育成コンサルティング会社、株式会社Hyper-collaborationと協働で提供しています。
ラーニングストラテジーとは、マイケル・オズボーン教授らが2017年に発表した論文、「スキルの未来 / The Future of Skills(PDF)」で2030年に必要とされるスキルの第1位として掲げたスキルです。現在、その能力開発手法に関しては様々な議論がなされている最中ではありますが、支援サービスでは、以下のプロセスで自ら計画、実践できることを目標しています。
- 学ぶ目的・目標を明確にする
- 学習計画を立てる
- 自分のレベルに合った内容を学ぶ
- 学び方を検討する(インプットのみならず、アウトプット(発表する、教えるなど)、越境、共同学習など様々な方法)
- 実践後にフィードバックを実施する
このような従業員のキャリア及び能力開発について、周期的に対話の場を設けるために、サービスグラントでは、人事部門や上司の方々に対しても提供可能な様々なフレームワークをご用意しています。
● 要素4:従業員エンゲージメント
従業員エンゲージメントを高める施策は、多様なキャリアパスを用意することが重要と言われています。
これまで企業は、「自社で雇う」ことを保障し、定年まで仕事を与えることを求められていましたが、これからは「社会で活躍できる」ことを保障し、キャリアパスを支援したり、定年後も社内で継続雇用するなど、従業員に対する企業の役割が変化しています。
サービスグラントが提供する「異業種交流」「越境体験」としてのプロボノでは、社会課題に触れることでの未知の世界観を得たり、他の企業のビジネスマンとの交流から新しい働き方を知ることができます。プロボノで得たさまざまな体験が新たな自己概念を持ち帰り、社内の活性化につながると考えます。
従業員が組織との関わりを通じて得られる全ての経験や体験(従業員エクスペリエンス)としては、特に若い世代は「この会社ではこういう体験ができるからこそ、自分はここにいる」という存在意義を持つことが期待されます。
このような多様なキャリアパスを用意し、それを前述の『要素3:リスキル・学び直し(デジタル、創造性等)』で示した従業員のキャリアについて、周期的に上司との話し合いや対話の場を設けることで成長意欲と会社へのコミットメントが向上、さらにエンゲージメントが高まると考えられます。
会社では体験できない現場で知る、自分自身の可能性
今回取り上げた「人材版伊藤レポート」は人的資本経営をさらに掘り下げ、実践していく方法が記載されています。経営戦略と人材戦略をどう連動し、人的資本経営へ導くか、具体的なアイディアが盛り込まれたガイドになります。
人的資本経営を取り入れるためのモデルケースがいくつか提示されているため、多くの企業はそれを参考に人的資本経営の実現に向けて人事戦略の見直し、人事制度の改定など、さまざまな取り組みを計画、準備、実施していくことでしょう。
そのような枠組みを用意する一方で、個人も主体的に、そして自律的にキャリアデザインし、変わらなければなりません。表裏一体で人的資本の価値の最大化に向けた取り組みを進めるための気づきを与える場として、従業員に対して、プロボノによる社会課題解決という現場体験の機会を提供してみてはいかがでしょうか。
サービスグラントで用意している企業向けの研修プログラムは、企業ニーズに合わせたバリエーションを豊富に取り揃えています。また、ご要望によってカスタマイズも可能です。少人数から大人数までのプログラムをご利用いただけます。ご興味ありましたら以下より詳細をご案内しております。